各国をコンサートで訪れる際に、私は必ず現地語で一曲は歌う、というのをポリシーとしています。

というのも、私にとって音楽とは芸術というような大そうなものではなく、「話す」「書く」みたいなコミュニケーションの手段の一つであり、相手とコミュニケーションをとりたかったら、現地語で話しかけて、歌いかける事が大事だと思っているからです。

ラオス、サワンナケートからビエンチャンへ向かう途中、ボーボーの木(と勝手に呼んでる)の前で。(Photo by VIVI)

小学生の頃、東京から大阪の小学校に転校して、大阪弁になじめずに、なかなか友達ができなかった事があります。

かたや、二つ違いの兄は引っ越してすぐに出来た友達と遊んで帰って来たら、家でも「ちゃうで~!」「ほんまかいな~!」と大阪弁を連発。すぐに打ち解けて、友達をたくさん作っていたのです。

でも、その当時の私は引っ込み思案で、頑なに大阪弁を話そうとせず、でも心の中では、そんな順応性のある社交的な兄をうらやましく思っていました。

その後も父の仕事の都合で、小学校6年間で5校に通った私は、人に受けて入れてもらうには、相手(の文化)を理解する努力をする事、出会った人は何かのご縁だから、と良いところを探して好きになる努力をする事を覚えました。

そのおかげで、今では友人も多く、それが音楽という手段を通してアジアに広がっているので、人生には無駄な経験などひとつもないものだなぁ~といつも思っています。

そんな外国語の歌はライブだけでなく、何度かレコーディングをしていますが、今の最新アルバム、「ユメノトビラ」に入っている「Dan Hang It Sa La ~The land of freedom~」には、特別思い入れがあります。

この曲との出会いは2006年秋のASEANツアー。昨年ラオスのNo.1シンガーに選ばれたAlunaの家である、バンビエンのタヴォンスックリゾートに招かれた時の事。

(2006年。タヴォンスックリゾートにて。Photo by Gucchi)

リゾートのお客さんを相手に、一緒にアコースティックライブをやったのですが、その時にラオス政府の情報文化省のゴーさんがギターで弾き語りしてくれたのがこの曲。川沿いのリゾートの素敵な雰囲気も合わさって、それは幻想的でうっとりしたものでした。

(2006年。タヴォンスックリゾートにて AlunaとLIVE。)

「どうしても、この曲を歌いたいの!」と言うと、ゴーさんはその約束を覚えていてくれて、私達が帰りの飛行機を待っていると、空港までわざわざ汗をかきかき、CDを届けてくれました。
それから歌の練習をして(ラオス語の発音指導は、現ラオス大使の書記官、ブンミーさん。)、アレンジして、そしてこのバージョンが出来あがったのです。

それを私達は日本のラオス大使館を通して、ラオス政府にプレゼントしました。
今でもこの歌を歌うと、バンビエンでの幻想的な夜の事を思い出します。

ラオスの人気音楽番組、Lao Star TV出演時のクリップはこちら。

この映像はこの番組の番宣スポットで流れているよ!と風の噂に聞きました。(聞いてないよ。。。^_^;)

先月のASEANツアーのサワンナケートでのライブ映像はこちら。
よく聴くと、会場のお客さんの声が聴こえます。2000人の大合唱は鳥肌モノで涙が出そうでした。

これはラオスの革命後の自由の素晴らしさを歌った歌です。
メロディの美しさが心を打ちます。ぜひ聴いて下さい!