アジア

相約北京③ ~2005年、反日の中で 前編~

「朝陽流行音楽節」に出演した2004年の暮れ、演出公司のワンシンから、長~いメールが届きました。

「今年の朝陽公園での演奏は、目に焼き付いています。来年も『相約北京』に出演しませんか?北京だけじゃなくて、他の都市へあなた達を連れてツアーしたいと考えています」

もちろん、二つ返事でOKした私達。

2005年に入り、ワンシンと具体的な出演時間や、イベントの細部をちょくちょくメールでやり取りし、何とかスポンサーもついてくれて、中国行きが決定した頃、小泉首相の靖国問題に端を発し、各地で反日運動が起こり、日中関係の雲行きが怪しくなってきました。

「反日の影響で出演出来ないなんて事はありませんよね?」

「中国政府が主催するイベントだから大丈夫ですよ」

そんなやり取りがしばらく続いていたのですが、
「尖閣諸島問題について、どういう考えを持っていますか?」
などと日本語でも回答するのが難しい、政治的な質問メールが来始めたりして。
段々嫌な予感がして来ました。。。

そして、とうとうその予感は的中。出発一週間前に、
「ご存知の通りの事情で、あなた方の安全のため、イベントに出演させる事は出来ません。ご理解下さい」
と最後の審判は下されたのです。。。
でも、その時すでに航空券は発券されて、もう後戻りできない状態でした。

「こんな時期に北京に行くの?」
と周りからは心配されながら、私達は何の当てもなく北京に旅立ったのでした。

(2005年5月 長城をバックに心なしか疲れた顔のメンバー。)

後編へ続く。

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