アジア

恩人の善老師と。

昨日は、今回の蘇州・上海ツアーをコーディネートして下さった藤本(善)老師と秋葉原の行きつけの中華料理屋さん、食福でお食事でした~♪

「Shinonの声は中国語に似合う」ととあるライターさんや大先輩の歌手の方が言って下さり、見よう見まねで中国語で歌い始めたのは1999年。
当時、二期会のクラシックの先生と、アメリカのクラブで経験を積まれた弾き語りの先生、二人にボイストレーニングを受け、その他にコーラスやアンサンブルを勉強したくて、ゴスペルシンガーの西村あきこさん(あっこさん)のクワイアでゴスペルを習い始めていました。

ちょうどクラシックの先生に「私が教える事はすべてあなたに教えたから、今度はクラシックじゃない先生に師事しなさい。」と突き放されていた頃、あっこさんのソロコンサートがあり、あまりの素晴らしさに心を打たれ、すぐに手紙を書いて、個人でもボイストレーニングを受ける事になりました。
そのあっこさんの紹介で知り合ったのが、同じあっこさんのクワイアにいた善「老師(中国語で先生の意味)」でした。

彼は当時、某大手旅行会社の中国部門の会社の課長さんで、6年間北京に駐在していたことがあり、中国人からも褒められるほど中国語はペラペラ!こよなく中国を愛する人でした。
善老師は、せっかく習得した中国語を忘れないように、と会社の後輩を集めてボランティアで中国語教室をやっていたので、私もそこに参加して週一回通っていました。

その頃の私は中国に行ったこともなく、中国語で歌い始めたものの、まさか中国で歌える日が来るとは想像もせず、中国語の発音ってきれいだなぁ、と思っている程度でしたが、ピンイン(中国語の発音記号)や文法など基礎も教えてもらい、毎週フレーズを暗記するゲームのようなコーナーもあって、善老師の巧みな話術に引き込まれながら毎週楽しく勉強していました。

その後、2000年の12月に、善老師がライブに連れて来て下さったのが中国人の歌手、俳優として有名な「程波先生」で、その先生との出会いが、私達の中国ツアーが始まるきっかけとなったのでした。(長くなるので、この話はまた今度。)

今回の中国ツアーを仕切ってくれた蘇州の球ちゃんは、善老師の紹介であり、善老師は長い間ずっと、私達の中国における活動を応援して下さっている恩人です。
しばらくASEAN圏での活動が続いていたGYPSY QUEENですが、ここに来てまた戻って来たように、中国関連の話が周りにあふれています。善老師の喜ぶ顔が見たいから、日中関係のために、少しでも役立つような事をしていきたいと思っています。

(紹興酒でほろ酔いの善老師と。秋葉原・食福にて。)

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